カテゴリ:トライアスロン( 20 )

全日本トライアスロン皆生大会 バイク編

 さ~てバイク! スイムを抑えた分、力は十分出せる状態!

 でも、抑え気味で走行するも黄色のゼッケンの選手がどんどん抜いていく!

 こうなってくると(←なっでこうなるの?)ついつい速いパックの一員になってしまい、3年前と同様、地下道はなんでここまで走るの?になってしまいました。

 ただ、怖かったのが3年前に熱中症の症状を感じた大山道!が、今回は補給も十分だったので、なんともなく坂道で前方の選手をけっこう抜いてしまったのです。

 というのが熱中症にならない嬉しさでたまらなく、何かいけるような気がして、、、ついつい

 折り返し地点手前で30位から40位のあたりで落ち着いていました。

 が、帰路になり急に足がツリ始め、結構、足を止める場面が出てきました。

 ここからは抜かれる抜かれる、最後のフラットでは一緒になるパックに遅れまた遅れの繰り返しで、途中降りて何度とストレッチをする始末!

 ここで後悔!このキョリ!乗ったのは2年以上前よな?練習でも100キロマックスで5回しかやってないよな?

 うそやろ~これから42キロ?足がもたんは、、、

 と思いながらも熱中症になっていない嬉しさのあまり元気いっぱいでランスタートへ!!

 つづく、、、、
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by joynable | 2011-07-21 21:28 | トライアスロン

全日本トライアスロン皆生大会 スイム編

 今回のスイムの目標は、抑え気味でスイムアップ50位~100位につけること!

 さて、本番!スイムアップ終了後にどの辺りに位置取ろうかと思ったところ、インより10mくらいのところに、速そうな外国人選手がいて、その周りは隙間だらけ!ということで、その辺でいこうかと。

 思えば、20年くらい前の福岡でのデビュー戦で、遠慮して2列目からスタートしバトルを経験したことをきっかけに、最前列に位置取ることに。

 で、いつもインより中央側最前列が自分のポジションとなっている。

 スタート合図とともに、ダッシュで飛び込み早速高位に!最初のターンを回りあとは惰性でゆっくりと。抜かれまくるが気にしなく、ゆっくりと楽に泳ぐことに。

 でも、みんなターンがへたくそなのか、私は差しを決めて(←ボートレースや)いつも簡単に数人抜けてしまう。

 まあ、ともかく上がってみたら50分だったので、「えっ」!

 こうなったら、トランジットもショートと同じスタイルになっていまい、バイクに飛び乗り調子に乗ってしまったわけです。

 明日は、これまた失敗談のバイクです。



 
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by joynable | 2011-07-20 21:24 | トライアスロン

2011トライアスロン皆生大会 さわり

 あ~灼熱と強烈な陽射し!!

 これぞトライアスロン!

 でも、やはりバイクの序盤から調子にのりすぎた←調子に乗るなと言われているのに←後悔!←気づいたのがバイク後半!←実は2年間やっていない。←練習不足か←そのとおり←ヤバい←ランは覚悟やな←でも3年前のように熱中症になっていない←足は痙攣してムリ←さあどうする?

 待っていた?のでなく待たせていた感動のフィニッシュ!!時間なんか順位なんかどうでもいい。

 目標は達成した。これでいい。


 応援してくれたHisaさんらのノーリミの方たち、ランで気合いを入れてくれたタークン、2時からのサリーちゃん、ゴールで笑わせてくれたヒゲさんとヒデさん、そしてメールでエールヒロりんとウエまえさん!

 うれしかった。ありがとう!!

 続きはまた今度。 

 
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by joynable | 2011-07-18 21:39 | トライアスロン

Kona Hawaii Ironman World Championship 2008

トライアスリートの夢はやはりハワイのアイアンマン世界選手権!

年齢関係なく予選スロットを獲得すれば誰でも可能性が、、、

皆生に向けてモチベーションを上げるために!

2008アイアンマンハワイをどうぞ!上から順にストーリー。英語だけどグッド!!












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by joynable | 2011-07-13 22:03 | トライアスロン

第1回 倉敷国際トライアスロン

 いや~まず、トライアスロン久々に最高!と思ったね。とにかく楽しめた。カオリンとも2回も握手したし。

 さて、レース回顧ですが、調整ではベストで挑めるように仕上げましたが、やはり練習以上のものは出ないというのを改めて実感!!

 そもそも2年間やっていないというのもありますが、バイクで全く踏めず心肺も上がらず、とても悲しかった。

 しかし、トライアスロンはパート毎のタイムは関係なく3種目がレース!そこで、バイクが踏めないからランで復活はあり得ないのですが、ランで順位をキープする作戦に!

 まあ、総合タイムはベストよりは10分以上後退しましたが、今の実力は自分がわかっていたはず!

 次回は皆生!楽しみです!!

 Masako★さん、キンちゃん、ヒロりん、そして名前を呼んでくれたたくさんの方、応援ありがとう!




 
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by joynable | 2011-07-11 23:27 | トライアスロン

ディックとリック

以前に、何回か紹介したことがありますが、もう一度!!

これを見れば、何でも挑戦できると思うほど勇気が出ます。ぜひもう一度みてください!!



もう一つ!



ディック・ホイトはジュディと結婚し、幸せの中1962年1月に男の子が誕生した。
ところが、産まれた赤ちゃんが全身マヒという事実を医者に知らされる。

出産時にへその緒が首に巻き付いたため脳を損傷し、手足を自由に動かすことができない状態だったのだ。

この子は、一生知能も働かず言葉も話せないだろうと宣告され、施設に入れることを医者に勧められた。
しかしディックは、「普通の子と同じように育てよう、自分たちが諦めてしまったら、この子に明日はない」と施設へ預けることをせずに、自分たちで育てる決心をする。

赤ちゃんの名前はリックと名付けられ、生後9ヶ月で退院し自宅へ。
ディックは息子を励まし、チャレンジしようと常に声をかけた。

しかし、現実は厳しく、リックは声が出ない、物を掴むことも、歩くこともできず、耳が聞こえているかもわからなかった。

両親は辛抱強くリックに何度も話しかけ続けたある日、リックが目で、人が通るのを追いかけていることに気づいた。
リックには意志もあり、耳も聞こえているという現実に希望の陽がディックとジュディに射した。やがてリックは、頭の動きで「YES」「NO」を伝えられるまでなった。

両親は、ヘッドギアをつけた頭を上下左右に動かすことで文字を入力できる装置の開発を大学で研究していることを知り、これが完成すればリックとコミュニケーションが取れると思い、この研究に5000ドルを寄付し、完成を待ち望んだ。そしてリックが11歳の時、試作品が完成する。

リックはJr.ハイスクールに編入し、この装置を使って毎日猛勉強した。
その努力が実を結び、他の同年代の生徒と同じレベルであることをディックは学校側に認めさせるまでになったのだ。

学校ではクラスメートに支えられ、普通にほかの生徒と同様に学ぶことができたが、その一方で、自分には何ができるのかを考えるようになった。

そんななか、彼の人生を変える出来事が起こった。
地元大学のラクロスの選手が交通事故によって全身マヒになったことがきっかけで、その選手を応援するための8kmチャリティマラソンが開催されることになり、リックはそれに参加したいとディックに伝えてきたのだ。

車椅子を動かすこともできない状態のリックがどうやって参加できるのか、ディックは悩む。
しかしリックが、人のために何かしてあげたいという強い気持ちを持っていることを知り、ディックはリックと共にマラソンに出場することを決心した。

翌日からディックはトレーニングを開始した。
今まで運動など、ほとんどしていなかった38歳になるディックが、アスリートのように肉体を鍛え始めたのだ。

そして車椅子を押してマラソンに出場したディックは、マラソンの経験など全く無かったにもかかわらず、重量60kg以上の車椅子を押してひた走り、無事ゴール。
翌日は筋肉痛で体を動かすこともままならない状態だったが、リックは「走っている時、障害者だってことを忘れてたよ」とディックに伝え、この言葉に息子がハンディを解き放ってくれる何かを見つけたのかもしれないとディックは気づいた。

今度はフルマラソンに出よう、「CAN できるよね?」
リックの希望を叶えるためにディックは、2年間かけて車椅子を改造し、毎週末に様々なレースに出場した。

そして、父のチャレンジする姿を見たリックは、努力の末、名門ボストン大学に入学した。

その後、紆余曲折がありながらも、ディックとリック親子は、ボストンマラソンに車椅子部門ではなく、一般の部にエントリーすることができた。
それは、ディックが車椅子を押しながらも2時間45分という好タイムでゴールしたことが、リックの年齢と同じ20代男子の出場資格に達していたため、正式参加が認められたのだ。結果は2時間53分で完走!

しかしこれらは、まだまだディックとリック親子の奇跡の序章にしか過ぎなかった。

リックは自らの力でボストン大学を卒業し、全身マヒを抱えた学生として初めて学位を取得、ディックの肉体もますます進化を続け、アスリートとしての評価が高まり勲章が与えられた。
さらには、水泳・自転車・マラソンの過酷なレース、トライアスロンレースの招待選手にも選ばれたのだ。
それは、アスリートとして名誉ある招待だったが、息子と一緒でなければ意味がない、と出場を一旦は断ったが、リックは「僕トライアスロンに出たい」という。
「CAN できるよ!」

ディックはほとんど泳げなかったが、それから5年後、世界一過酷なトライアスロンと言われるハワイ・アイアンマンレースに二人で参加できるまでの実力をつけたのだ。
そして、水泳3.9km、自転車で180.2km、最後は車椅子を押しながら42.195kmのフルマラソンを走り抜き、世界一過酷なレースを完走。

年齢を感じさせない体力で900以上のレースに出場したディックだったが、62歳のとき参加したハーフマラソンでゴール直後、心筋梗塞を起こしてしまう。

幸い大事には至らなかったが、医師には「鍛えていなかったら50歳を待たずに心筋梗塞で亡くなっていたでしょう」と言われた。

ディックは「今生きているのはリックのお陰」、リックは「僕が生き甲斐を持てたのはパパのお陰さ」と互いに感謝しあった。

現在66歳のディックさんは、親子の絆がある限り、不可能なことは何もないと信じており、今なおレースに参加している。
一方、現在45歳のリックさんは、ボストン大学のコンピュータ研究所で障害者用補助器具の開発に携わっている。

ある年、父の日に、リックさんはこんなメッセージを父に贈った。
「僕が一番やりたいことは、パパを車椅子に座らせて一回でもいいから押してあげることさ」

「不可能なんて、ない。CAN やればできるさ」
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by joynable | 2011-07-05 18:52 | トライアスロン

2008児島トライアスロン

 最後の児島ですが、結果は何とも自分のレースにはほど遠いものでした。しかし、今回も固有名詞ではないですが、自分の名前で応援してくれる人が多く、とてもいい大会だったと思います。

 そもそも、日本でのショートトライアスロンは、ほとんどが町おこし村おこしの地域振興で始まったもの。そして、海外派遣等を視野に協会が生まれ、オリンピック選手を捻出してきました。

 その児島ですが、、、

 さて、レース回顧ですが、アップの時に今回はムリと判断していたので、スイムはかなり手を抜いてバイクへ、調子を窺いつつ最初の折り返しを7位で通過!

 応援でいっぱい来てくれているので、見せ場を確保ということで、バイクフィニッシュは11位!この時点で終了!

 ということで、来年への足掛けが出来たと思います。まだ、来年はどうするか未定ですが、、、
とりあえず監督業?とSは続けていこうと思います。ただ、順位を考えると絶対的にMにならないと。

 最後に、これからもエムファミ練習会を企画するので是非どうぞ。

 
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by joynable | 2008-08-25 20:50 | トライアスロン

全日本トライアスロン皆生大会

 みんなが憧れる皆生大会!もう最高といわんばかりにバイクを踏んでいた約50K地点。一つの曲がり角から坂道へ差し掛かった時異変が、、、後ろはいないはずなのに振り返るといっぱい選手が、ここで女子のトップに抜かされることに。

 おかしい?足が動かない!と思っていたところ猛烈な暑さを感じ、汗が全く出ていないことに気づく!これって熱中症?と思うがどんどん後続の選手に抜かされていく。約70キロ地点から悪夢の始まり、、繰り返しにやってくるケイレンと異様なまでの心拍の上昇!いつリタイアを宣言しようかと何度と立ち止まる。初めての経験だけど地獄でした。

 折り返し地点で完全に足を止めて倒れる!ここで休憩をしてもう一度レースへ。対面からまだ多くの選手がやってくるではありませんか。みんながんばっているのだから完走はしないとと勇気づけられるがペースはサイクリング。しかも運動することが苦痛でたまらなかった。

 失礼だが体格のいい年配の方やちっちゃな女の子にも抜かれてしまい精神的にも悔しかった。「何しょん」と抜いていった祭男さんから「ムリせんように」と。

 トランジットで待ってていてくれた祭男さんと「制限時間内には帰りましょう」と約束してランスタートへ。全身ケイレンを経験した体にとっては今考えれば無謀でした。10キロ手前から歩き出し全く走ることが出来なくなりました。祭男さん、タケッチさん、ウッキーが心配してくれましたが限界でした。ヒゲダンディーの江○さんは気づいてくれませんでしたが?

 結果はランのハーフポイントで棄権!いや~バイクでは救急車で搬送されたい状況でしたので当分暑い中のレースはこりごりです。
 

  
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by joynable | 2008-07-22 23:42 | トライアスロン

6月18日(水)

 忘れた頃に投稿です。

 日曜日は鳥取県トラ協主催のトライアスロン練習会に参加しました。そこにはスイムランin多伎以来の再会となる小原工さんも特別ゲストで参加され、いろいろアドバイスをもらいました。

 その練習会ですが、早朝からタケッチさんの愛車で、今回の総司令官の祭男さんと来年こそは皆生と意気込むボランティアのごろうさんと同乗し鳥取へ向かいました。

 その道中は食べ物の話で盛り上がり、マックにコンビニとエイド満載でトライアスロンのことは忘れてウエイトのことばかり、、、、

 で、気になる練習会ですが総司令官が1位を取れ!!との指令だったのでそのとおりにしておきました。

 運転手のタケッチさん!応援してくれたごろうさん!ありがとうございました。総司令官はお礼を兼ねてスイムの特訓をプレゼントします。

 梅雨空が続きますが、空は青、気分は晴れ!という気持ちで夏だレゲエ!今日の一曲は夏定番のおなじみのこちらです。
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by joynable | 2008-06-18 21:38 | トライアスロン

この大会も?

 トライアスロンの児島大会は今年で終了ですが、広島のさぎしま大会も20周年を迎える2009年で大会存続の危機に出くわしています。
 
 関係者による島民アンケートによれば存続派はほぼ半数ですが、反対派40%といのうが今日の中国新聞に出ていました。それをどう受け止めるかはまだ未定のようですが。

 ただ、島の高齢化や財政的なもの、それに参加者の減少等プラス要因がないのも事実!かつて90年台前半は人気大会で、私も抽選に落選した経験があるほどの魅力的な大会だったのですが、、、

 おっと、暗い話になっていいました。それはそれで悲観的になるのではなく、2008年も楽しくやっていきたいと思っています。上記はあくまでも情報です。
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by joynable | 2008-02-06 22:51 | トライアスロン

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